2021年1月7日、再び非常事態宣言が発令されました。その結果、企業のビジネス活動そして人々の生活は再び大きな制限を受けてしまっています。しかし、前回とは異なり、多くの企業・人がそれぞれしっかりと対策したうえで自らの判断で行動するようになりました。こうした状況の中で、企業は新年度のスタートに向けて、何にプライオリティを置いてマーケティング施策を行っていけばよいのか? 業界の識者3人に伺った内容のダイジェストをお届けします。
■杉山 恒太郎氏(株式会社ライトパブリシティ 代表取締役 社長)
1.コロナ禍となって間もなく1年。現在のこの状況をどう見ているか?
・歴史を振り返ると、中世ヨーロッパでペストが大流行したうちからルネッサンスが起き、ケンブリッジ大学が一時休校となった期間、自宅に戻ったニュートンが万有引力の法則を発明したことから「創造的休暇」と呼ばれている。今の世界においても水面下ではルネッサンスがすでに起きていると感じている。
・今は「プロボノ活動」に関心があり、すでにいくつか取り組んでいる。プロボノとは、各々の職能を無償で社会貢献すること。プロフェッショナルの新しい自己表現の形ではないか。その中の一つが今手掛けている「おかえり銀座」。
*「おかえり銀座」とは……銀座にオフィスをかまえる創業70年の歴史を持つライトパブリシティが発起人となり、壹番館洋服店、月光荘、萬年堂、大香、森岡書店をはじめとした街の皆さまとともに「新しい銀座」をPRするための取り組み。
リリース:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000002.000059768.html
2.これからの企業の取り組みについて
・この国では、何かいいことをしようとすると、なぜか、ジェラシーが起き「自分はこんなに我慢しているのに」的な反対・批判の声を上げる人が現れる。そのため、大きな企業は動きづらい。しかし、いまやBrand Purposeが重視される時代。自社の社会的存在意義を明確にして示さなければいけない。企業が本当に変わるためにも、今のコロナ禍の時間を有効に使うべき。
・コロナはすでに「人の病から社会の病になっている」と考えている。社会の病とは、コミュニケーション不全のこと。かつてエイズウイルスが流行した際生まれた大きな誤解や偏見の問題解決に広告コミュニケーションの力が役立ったことがある。人々のパーセプションを変容させるというのは広告の持つ大きな力の一つ。コロナにおいても同様のことが起きつつある中、その状況を客観的に認識してどう立ち向かうかをもっと考え実行する必要があると思う。
3.これからのコンテンツの可能性
コネクテッドカーがこれからますます普及すると、音声のコミュニケーションはさらに重要になってくる。ラジオ的なものがもっと復活するだろう。ビジュアルコミュニケーションは音声に比べると保守的・制限がある。音声はイメージが広がりやすく、自由度が高く想像させる表現が豊かなので可能性がある。
4.ad:tech tokyo に対するメッセージ
いまや規模や量を誇る時代はすでに終わっている。元々広告は大量生産大量消費のエンジンだった。しかし、物理的にモノがあふれている中で、供給側が大量にモノを作り、それをマーケティングの力で無理やり消費を促すというのは難しくなってくる。「消費」と「欲しいという気持ち」とは異なる。欲しいを生み出すために、どう価値づけし、世の中の気づきを促すのか。広告を再定義したうえで、コミュニケーションの仕事をしてきた経験値と自負を持って次の世代へ繋げて欲しい。そのために必要なのは先端テクノロジーをどう駆使するか。コミュニケーションとテクノロジーの両方の側面があるad:tech tokyoはこれからが本番、大いに期待していますよ。
■小出 誠氏(公益社団法人 日本アドバタイザーズ協会 常務理事)
1.広告主アンケートの結果を見ての感想
・広告マーケティング予算の増減については、広告予算を増やすと答えている企業が予想以上に多いという印象。世の中のニュースを見ると不況で厳しく、広告費を減らす企業が多いと思ってしまいがちだが、メディアは悪い部分やとがった部分を強調して伝える傾向にあるからかもしれない。このアンケート自体も全業種を対象としたものではないのでしっかり状況を俯瞰して見る必要があると感じた。
・これから力を入れる施策について、上位の項目は想像通り。DX推進をはじめとしてオウンドメディア、顧客とのつながり強化、ファンマーケティングなどDXに関連する一連のものが挙がっている。これらは今後多くの業種においても間違いなく取り組むべきことである。コロナ禍であることがこれらを後押ししていると言える。
・その上で企業が考えるべきことが二つある。一つは、来年の今頃はどうなっているか。人は目の前の状況に大きく影響されがち。2019年の状況に戻ることはないまでも、出社状況や日々の生活がかなり以前のように戻ることは十分考えられる。時折、現況の延長線上の話のみが強調される報道や話を目にするが、注意が必要である。
もう一つがDXとデジタルコミュニケーションとデジタル広告をしっかり分けて考えること。DX推進自体は重要で多くの企業で進めるべきと考えるが、DXを進める=デジタルコミュニケーションもデジタル広告も増やす、ということではない。目的と手段をしっかり分けて考えなければならない。
・DXは顧客課題を、デジタルを使って解決することが基本なので顧客起点がベース。顧客起点といいながら実際は企業からの一方通行の見方から物事を進めていないか確認が必要。一人の生活者の視点で見たとき、何十社の企業といつもつながっていたいのかは疑問。例えば各社が注力してるというスマートフォンアプリ。調査結果だと一人80~100くらいインストールしているというが、1カ月に1回以上使うのは2〜3割程度と言われている。事業者としては「いつでもつながりたい」と思っていても、顧客側ははたしてそうなのかを考える。また当然ながらどのような人を「顧客」と定義するのかも大切になってくる。
・人がかかわることには「簡単に変わっていけるもの」「そうでないもの」がある。変わるための必要な時間や障害となるものの程度を見極めて取り組む必要がある。例えばタクシー配車アプリは、各社がこぞってアプリを整えたが、昨年1月のコロナ禍前で普及率は2%くらいと言われ、その後も苦戦していると聞く。利用者のインストールが進んでいない、使い方に慣れていないという面だけでなく、運転手側の対応が進まないことや中小事業者の設備投資の遅れも要因だと言われている。DXを推進するうえでは、関わる人たちの変われるために必要な時間軸を計算にいれておかなければならないのではないか。
2.JAA実施のアンケート回答内容について
・「デジタルマーケティングの実践」が上位なのはアドテックのアンケートと同様だが、こちらのアンケートの対象が広告宣伝により絞った担当者および部長クラスなので「ブランド価値向上」「広告効果の測定」「広告予算配分の最適化」などが上位に来ている。この中で「デジタルマーケティングの実践」は部長クラス以上の回答が多く、「企業ブランドの価値向上」は担当者の回答が多かった。これはおそらくトップから「DXを推進せよ」と言われているからではないかと推測している。
・メディアの予算配分、今後活用したいメディアについて
テレビの割合が減り、インターネットが5ポイント以上も増えたことで、昨年(前回)のアンケートではデジタルはテレビの1/2だったが、今年はテレビの2/3くらいになってきた。
・メディアについては、この3年で自社サイトのパーセンテージが年々大きくなっている。一方で、背景は分からないがソーシャルメディア活用が大きくスコアを落としている。同様に、コロナ禍で乗降客数が減少していることの影響からか、交通広告も大きくスコアを落としている。
3.JAAでの最近の話題と取り組み
・テレビ広告の活用
→テレビ広告の価値を見直しつつ、デジタル広告的な手法を使っていかに効果・効率を高めているかに関心が高い
・音声メディア(radiko、Podcastなど)の活用
→10代の活用度合いが高まっていることもあり、注目されている
・ダイバーシティ(クリエイティブ面、組織内)への取り組み
→関連したところでは、JAAでは聴覚に障害がある方に向けて字幕付きCM制作を推進している。通常のTV番組だと9割以上字幕対応しているが、CMはまだ1%以下の状況なので、それを増やそうと呼びかけている。企業としてもすぐに実行できるSDGs活動の一つである。
4.デジタル広告品質認証機構(JICDAQ)の発足
・2020年12月に、JAA、JAAA、JIAAの広告関係3団体が連名でデジタル広告市場の健全化を目指して団体を設立することを発表。
・デジタル広告の問題事象の解決に取り組んでいる事業者を検証のうえ、認証し、公表することを通じて、広告主が安心して発注できる事業者を分かりやすく判別できるようにする仕組み。
・デジタル広告に関わっている事業者はJICDAQに登録(有料)し、第三者機関(日本ABC協会の予定)に検証を依頼する。この検証をクリアした事業者をJICDAQが認証する流れ。
・広告主はこの仕組みを理解し基本的に認証された事業者のみに発注していく、という構図を作っていくことでデジタル広告課題にしっかり取り組んでいく事業者を増やすことが目的。広告主が仕組み全体を支持していることの表明として、無料ではあるが「広告主登録」も行ってもらうことにした。
・3月に設立、4月より登録受付開始(広告主、事業者)、7月に事業者を対象とした第三者検証、自己宣言検証の受付開始の予定
<JICDAQに関するニュースリリース>
■音部 大輔氏(株式会社クー・マーケティング・カンパニー 代表取締役)
1.コロナ禍となりもうすぐ1年。現在の環境について
・たとえ感染したとしても周囲にそれを言うケースも少ないからか、「身近に感染した人がいる」という人は少ないのでは。多くの人はコロナウイルスの脅威を身近かつ、ひしひしと感じる状況ではないのではないか。マスクも手洗いも「しなければ感染するかも」というリアルな危機感・恐怖感というより習慣になりつつある。だから、夜の街に出てお酒を飲んでいる人たちに対して本来なら「危ない、気をつけて」というべきところ、「自分も我慢しているのに」という感情的な反応をしてしまっている。そういうところに、習慣になりつつあるという面が出ている。
2.この状況が生活者の気持ちをどう変化してるのか?また変化していくのか?
・変化をどう受け入れるかについては、ドローターの心の受容過程と、キューブラー・ロスの死の受容過程、また組織のチェンジマネジメントなどが参考になる。
・自ら望んで変わるのではなく、変わらざるを得なかったときの心の変化は「衝撃を受ける」→「現状を否定する」→「怒り、抑うつになる」を経て、その「状況を受け入れ(受容する)」、そして「再起する」という流れ。今回も、これと同様のことになっていくはず。現在はこの状況を受け入れている時期にあると考えているので、あとは再起に向けて上がっていくだけではないか。
・生活者側は、この環境を受容し、その中で何とかしようという「生活のOSがシフトしている」状況。だからこそ企業側は「家の中」をよく見ること。例えば、スマホではなくPCで見ることが増えたり、家族と一緒に大画面でNetflixを楽しんだり、お花のサブスクリプションモデルが広がってきたりしている。生活者が何をしているのか、新しい習慣として起きたことがないかを見ることがヒントになる。
3.これからのマーケティングを考えるうえで必要な視点
・一つは「個体としての生活者が今よりもよく快適に生活できることは何か」。これは、おいしいものを食べたり、会議が楽になったりなど、衣食住をどう快適にするのかといったこと。もう一つが「社会的なつながり、人とのつながり」。外出が減り人と会う機会が減っているからこそ、人との会話や社会的なつながりを持ちたいとなる。人との会話を促すこと、体験と経験の共有を促すようなサービスが増えるのではないか。
4.2021年のad:tech tokyo に向けて
今年もハイブリッドで行うとなると、見る側は「視聴者」になってしまう可能性がある。ad:tech tokyo の良さは、それぞれが気づいたことを語り合うなど「共創」できること。オンラインであれオフラインであれ「参加する」ということが強く感じられるようになるとよい。
*社名・役職は登壇時のものです