*川添 隆氏(株式会社ビジョナリーホールディングス 執行役員 デジタルエクスペリエンス事業本部 本部長)は当日リモートにてコメント参加いただきました
*肩書はライブ配信実施時のものです
3月25日(水)に行われた特別ライブ配信「ad:tech tokyo人気モデレーターが語る良いセッションの作り方」のダイジェストです。先日、ad:tech tokyoの公式スピーカー公募スタート(締切:4月10日)に合わせて実施されたライブ配信には、60以上ある公式カンファレンスの中で、来場者アンケート上位となったセッションのモデレーターたちが登壇。来場者に価値ある内容を届けることはもちろん、パネリスト自身にも役立つ内容とするために、モデレーターは何をすればいいのか?たくさん寄せられた質問にも答えながらの進行となりました。こちらの動画のアーカイブ(約30分)もご覧ください。
オーディエンスが興味を持って聞いているかを確認する
菅原:最初に、自身がモデレーターを行う際、セッションがどうなったら一番成功だと考えているか聞かせてください。
井上:私の場合、セッションが盛り上がることはもちろん、盛り上がった結果として新しい議題が生まれることです。限られた時間の中でテーマに関する結論・答えを出すのは難しい。むしろ、答えを無理に出そうとするとセッションが面白くなくなってしまいます。そうではなく、そのセッションを経ることで、新たな議論が生まれる、TwitterやFacebookでそれについて皆が語りだす、業界を超えて話題が広がっていくなど、以前なかったことが生まれるのが成功だと考えています。
野口:私のセッションの成功定義はとてもシンプルで、「会場に来た人、オーディエンスが楽しい時間を過ごせるか」です。さらに、ad:tech tokyoのような有料のカンファレンスパスを購入して聞きに来ている場合は、楽しいに加えてその場を価値の高いものにすることを大切にしています。そのためには、モデレーターもスピーカーも楽しい状態であることが必要で、その登壇者の楽しさがオーディエンスに伝播していくのだと思っています。
川添(コメント参加):成功の定義は「オーディエンスがギフト(気づき)を持ち帰られるか?」です。私の場合、「小売×デジタル」領域のテーマが多く、担当者から部門責任者クラスがオーディエンスになることが多いので、どうしても「ギフト=答え(数値や実例などの結果)」になりがちです。求められているので、スピーカーの事例は用意してもらうようにします。ただし、結果だけでは応用や持ち帰る気づきにもつながりにくいので、なぜそれを行ったのか、そこに行きついた考え方やヒント、スピーカーの思考の原点などを引き出すように心がけています。
菅原:みなさん、オーディエンスに対する場の提供というのを大事にしていますよね。では、セッションの事前準備についてはいかがですか?
井上:私にとっての準備はパネリストをよく知ることです。事前にセッションの組み立て方や聞く内容の順番・最終的な落としどころを考えることはないですね。よく知るというのは、例えばどんな話をするときにその人の目が輝くのか、その人の話の引き出しは何かを事前に把握しておくことです。あとは、オーディエンスを知ることと、セッションをコントロールをしようとしないこと。私自身、自分が話すときにコントロールされたくないですしね。よく、「いいセッションはライブ感が大事」と言いますが、これらの結果としてライブ感が出るのであって、ライブ感を出すことが目的ではありません。
菅原:一方で野口さんは、昨年のad:tech tokyoの全セッション中、一番資料を事前にしっかり準備して臨んでいた印象があります。
野口:資料などについては確かにそうですね。もう一つ、準備というか登壇者としてセッションに臨む際、「反対側から見る」、つまりオーディエンスの立場からの視座をとても大切にしています。私自身5年ほどad:tech tokyoを聞く立場として参加していて「いつかあの場に出たい」という憧れの目で見ていました。結果的に公式スピーカー、そしてモデレーターとして登壇するようになって、この経験がとても役立っています。モデレーターをするとき、オーディエンス側からはどう見えるかを強く意識するようにしています。
菅原:井上さん、今の話で自身と近いと感じる点はありますか?
井上:やはり、オーディエンスを知るということと、パネリストを知ることが基本だと改めて思いました。そしてオーディエンスの反応というのは、自身に余裕がないと見るのが難しい。モデレーターはほとんどの時間、スピーカーの方を向いて話しがちなので、広い視野でしっかりオーディエンスも見なければと思っています。でも、実際オーディエンスに目を向けてみると、スマホを操作していたり、途中で席を立つ人がいたりするんですよね。
野口:席を立たれると、モデレーターとしては結構傷つきますね。
菅原:ちなみに、寝ているのと席を立って帰ってしまうのとでは、どっちが傷つきますか?
井上:それは席を立たれることですね。席を立たれると周りの方にも見えてしまいますから。ただ、席を立って帰る人が多いということは、明確にそのセッションの評価が低いということでもあります。スピーカーばかり見てオーディエンスをずっと見ていないと「多くの人が席を立っていたらどうしよう」とか「つまらなさそうにしていたらどうしよう」という恐怖感が強くなってしまいます。目を向けない時間が長ければ長いほど、オーディエンスと距離ができてしまうので、いま話しているトピックにオーディエンスは関心があるかを意識的に確認するようにしています。
菅原:モデレーターはスピーカーだけでなくオーディエンスとも対話しているということですよね。
フリートークはテーマの範囲内ならどんどん行うのがよい
視聴者からの質問1:フリートークだと話が拡散しすぎることがあります。その中でどうやって会場の人に持ち帰ってもらう内容をまとめればよいでしょうか?
野口:私の場合、今日オーディエンスに何を持ち帰ってもらうか、スライドにしてセッションの最初に出してしまいます。例えば「この課題を解決するために議論します」などと明確に提示すれば、どこに向かって話しているかがわかりやすいです。さらに、最初にセッションで使う言葉の意味を定義すると、全体としてずれが生じなくなります。オーディエンスの「セッションのタイトルと議論の内容が違っていた」という不満を防ぐためにも、最初に言葉の意味の定義を合わせて、何について話すかを示すことが大切だと思います。
菅原:言葉の定義を合わせるというのは、スピーカーとだけではなく、オーディエンスの期待に合わせるという意味合いもあるということですね。全員が事前にセッションの詳細まで調べてから聞きに来るわけではないので、それはとても重要ですね。
井上:私は基本的にこうしたトークセッションを即興・ジャズセッションみたいなものと考えているので、フリートークが盛り上がっていたら放置して、そのまま続けるのが良いと思っています。えてして、そうしたフリートークからこれまで語られていなかった新しい議題が生まれてくるものです。結局のところ、行きつく先は野口さんと同じ「オーディエンスの満足」です。
菅原:ちなみに、井上さんがフリートークを止めるのはどんな時ですか?
井上:テーマから明らかにかけ離れてしまっている時と、いわゆるポジショントーク、セールストークになってしまっている時。この二つはオーディエンスが聞きたい内容ではないですから、止める必要があると思います。ただ、フリートークが盛り上がると、ポジショントークを忘れて熱中しながら話すことが多いですね。その場合は、泳がせるというか流れに任せた方がセッションが面白くなりやすいですね。
川添:私も井上さんと同じで、フリートークはセッションテーマの範囲内であれば、自由に泳いでいる方がよいと思います。
話しやすい空気を作り、スピーカー同士の関係を均等化する
菅原:セッションの時間配分についてはどうでしょう。各スピーカーが均等に話せるように配慮するのか、もしくは、話したい人が話せばいいのか、どちらのスタンスですか?
野口:私の場合は、投影スライドの量は均等にしています。では、話す量も均等なのかというとそうではなく、いつもスピーカーに「全員がモデレーターなので、会話入りたいときは勝手に入ってください」と伝えています。スピーカー同士、横で会話してもらうように促すので、スライド量は同じだけれどあとは自由に、という形ですね。
井上:バランスは全く考えていないですね。話さない人が出てしまっても問題ないというスタンスです。その代わり、事前に「均等に話を振ることは意識しないので、話したいことを自分のタイミングで話してください」と伝えています。そもそも、オーディエンスにとってはスピーカーが均等に話しているかはどうでもよく、内容が面白いか・役立つかが重要なのです。
川添:私もスライドの量はある程度均等でも、話す量は均等に振ろうとはしません。ただし、事前ヒアリングで得ていた「これは面白いから本番で話してもらおう」と思っていたことが出てきていない場合は、話題を振るようにしています。
井上:一方で、あまり話せなかったスピーカーがいたというのは、全員が話しやすい空気を作るというモデレーターの役割がうまく果たせなかったということ。私は討論番組の『朝まで生テレビ』のような感じがセッションにおいて大切だと思っているので、事前打ち合わせなどで打ち解けすぎないようにしていました。例えばセッションの前に皆で集まって食事をするとか。でも、登壇者4人のうち3人がよく知った仲で、1人だけ初めてとなると「初めてだから突っ込んだ質問はしにくい」となりがちです。そうした空気をなくして、スピーカー同士の「関係性の平等」を築くためには、食事など事前のコミュニケーションミーティングも有効だと感じるようになってきました。
川添:同じく、セッションに関する事前ミーティングは基本的に行いません。ただ私も最近の反省として、スピーカー同士が風通しを良くして話しやすくするには、飲みに行く機会や雑談も必要だと感じています。
菅原:発言しやすいよう、事前に関係性を平等にはするけれど、発言は自由にということですね。
スピーカーについて知ることが、オーディエンスの満足感につながる
視聴者からの質問2:良くないと思うモデレーションとはどのようなことでしょうか?
野口:例えば、最初に「今日は3つテーマがあります」と言いながら、実際は2つ目の途中で終わってしまうようなとき。モデレーターの時間配分がうまくいかず、聞きたい内容を全部聞くことができなかった、というオーディエンスの不満につながってしまいます。
井上:それについて、私はいつも15個くらいテーマを用意して臨みますが、実際は2つくらいで終わってしまうことが多いです。ただ、それは自分の中にとどめておくので、オーディエンスに15個あるとは言いません。また、私がオーディエンスとして聞いていて面白くないと感じるのが、モデレーターの質問にスピーカーが順番に話すだけで、スピーカー同士の対話がないセッションですね。最近は減ってきましたけど。
菅原:あれはつまらないですよね。あと、冒頭の長い自己紹介も不要です。一方で、セッションにおいてどの立場で発言するのかだけは、冒頭で明確にする必要があります。
川添:セッションって、序盤はスピーカーも緊張感があり、後半に向けて議論が深って盛り上がるので、時間が足りなくなるというのは主な流れだと思ってます。だから、冒頭は意識的に短時間にした方が良いですよね。また、私が良くないと感じるモデレーションは、「モデレーター自身が出張ろうとする」です(笑)。モデレーターによってセッションの良し悪しは左右されますが、「主役はスピーカー」というスタンスが良いでしょう。
視聴者からの質問3:オーディエンスが聞きたい“スピーカーの本音”を引き出すため、彼らの会社の看板や体面をどうやって外していますか?
野口:私がスピーカーに事例の提供をお願いする際、成功事例だけではなく失敗事例も出してもらいます。両方について話してもらうことで、その人の課題やそれにどう取り組んで成功・失敗したのかという過程が明らかになり、最終的に「情報」ではなく「知恵」のシェアにつながります。
井上:モデレーターが「ライブ感」を作り出せれば、スピーカーが話に熱中して入り込み、建前や立場を忘れて発言するようになります。登壇者自身が「このセッションは発見がある!」と知的興奮を感じるセッションにこそ価値があり、その空気はオーディエンスにも伝わります。スピーカーが話したくない本音を聞き出しても知的興奮にはつながらないので、熱を込めて話したいことに関する本音を引き出すことが大事です。
川添:本音を引き出すために行うことは下記の3点です。
1.事前のヒアリングでスピーカーがどんな人か、どんなことをしてきたのかを十分確認する
2.NGワードを事前に聞く
3.ディスカッションを盛り上げる(本音が出るような空気づくり)
視聴者からの質問4:モデレーターとしてトークセッションを成功させるためのポイントはなんでしょうか?
野口:以前、エステーの鹿毛康司さんからモデレーター講座を受けたときのことを大事にしています。それはとてもシンプルで「スピーカーに1分以上しゃべらせない」です。そこだけしっかり守れていれば、会話のキャッチボールが生まれ、全体のバランスが取れてテンポよく進行していきます。
井上:前述したことと被るところもありますが、私は下記の5点です。
1.スピーカーをよく知る(その人の目が輝くところはどこなのか?)
2.オーディエンスをよく知る
3.コントロールしない
4.登壇者をリラックスさせて関係性の平等を築く
5.オーディエンスの巻き込み
この中で一番大事なのは、1.の「スピーカーをよく知る」です。具体的には、その方のインタビュー記事や、書籍を執筆していればそれを読むといった事前準備です。私自身、何度もモデレーターを経験していますが、本当に奥が深い。うまくいくときもあるし、行かない場合もあります。しかし、例えばオーディエンスの食いつきがあまりよくなかったとしても、スピーカーをよく知ってさえすれば、「この話を引き出せば最低限オーディエンスを満足させられる」という保険・拠り所となり安心できます。スピーカー側も、「モデレーターが私のことをよく知ってくれている」と感じられると、安心して話すことができます。
川添:私も被る点がありますが、下記の3点です。
1.事前にスピーカーと一対一のヒアリングの時間をとり、事例の記事などを読む(経歴、考え方、実績などを把握する)
2.セッションを順番通りに進めない ~スライドや進行が前後しても、その時の温度感を大切に
3.ステージ上は、できれば登壇者同士の席を近づける
特に、1.については井上さんが指摘するように最も大切だと考えています。
井上:私が最後に挙げた「オーディエンスの巻き込み」について言えば、会場に質問を投げかけたり、行動をうながしたりするのは「オーディエンスとの関係性づくり」に役立ちますね。
野口:それは本当に大事です。昨年のad:tech tokyoオープニングリマークで、事務局の古市さんが会場の皆さんに「席から立ち上がって知らない人同士で1分間話しましょう!」と声を掛けましたよね。ああいう形で会場を温める、空気を作るのはとても重要です。実はあれ、そのあとの自身のセッションで真似させてもらいました(笑)。
菅原:ここで皆さんが話しいただいたことを参考に、ad:tech tokyoにモデレーター、スピーカーとしてチャレンジしてくださる方が増え、セッションの質をさらに高めていきたいですね。本日はありがとうございました。
*社名・役職は登壇時のものです