3月4日(水)16:40に緊急ライブ配信として行われた、Brand Summit SpringのKeynote「Supercharge …そのまえに。」 のダイジェストをお届けします。いまこそ考えるべき、企業のPurpose(存在意義)について、大変わかりやすくかつ共感しやすい例や言葉を用いて話していただきました。そしてなにより、事前の打ち合わせで「こんな状況だからこそ明るく・楽しく!」とあった通り、とてもリラックスした雰囲気で、たくさんの笑顔も交えながらお話しいただきました。
テキスト上ではどうしても雰囲気をお届けするのが難しいので、ぜひ動画のアーカイブもご覧ください。
スタッフへの5つの質問の徹底が業績改善につながる
鹿毛:最初に、サンリオピューロランドについて教えてもらえますか?最後に行ったのが何十年も前で、このインタビュー企画の前に行こうと思っていたのですが、残念ながら行けなかったのです。
小巻:新宿から電車に乗って30分でアクセスできる、全天候屋内型テーマパークです。遊園地というよりライブショーなどのシアターコンテンツが中心ですね。もちろんサンリオのキャラクターたちとたくさん触れ合えるのですが、ここ数年でコンセプトを変えてきています。以前のように小さな女の子のいる家庭だけでなく、大人女子を中心に、最近は大人の男性もいらしていただく機会が増えています。もう楽しみ方に男女の差はないですね。
メインのお客様が女性であっても、その女性を喜ばせるために男性が、孫を喜ばせるためにおじいちゃん・おばあちゃんがとなると、お客様の対象はとても広がっていくので、まだまだできることはあると思っています。
鹿毛:小巻さんがサンリオピューロランドの館長に就任したのが2015年。著書『来場者4倍のV字回復! サンリオピューロランドの人づくり』には、うまくいっていなかった状況を変える様子が書かれていましたが、そんなに単純なことではないと思っています。実際のところはどうだったのでしょう?
小巻:よくV字回復の立役者と言われるのですが、そうではありません。 スタッフひとり一人の思いこそが業績回復の原動力です。私が就任した時、すでにスタッフたちには「サンリオピューロランドが、この仕事が本当好き! もっとこうしていきたい!」という熱い気持ちがマグマのように溜まっていました。ただ、経営状態が悪いと、どうしても「どうせ言っても実現しない」「ほかの部署のことには口出ししないでおこう」というネガティブな気持ちになりがちです。
そこで、卵の中のヒナが殻を破って生まれようとする時、同時に親鳥が外側から殻をつついて手助けすることを「啐啄同時(そったくどうじ)」と言いますが、まさにそのような感じで、スタッフのアイデアが外に出る、ちょっとした手助けをしたに過ぎないのです。
鹿毛:なるほど、小巻さん1人ではなく、数百人のスタッフ皆さんがV字回復の立役者なのですね。とはいえ、わずか2年で業績改善に導いたその「ちょっとした手助け」というのは、具体的にどのようなことでしょうか?
小巻:それは、とにかく話を聞く、傾聴するということです。書籍にもありますが、この5つの質問をしつこいくらい繰り返しスタッフにしていきました。
1.そもそも、なぜこの会社に入ったのか?
2.いままでで、一番自分がイキイキしていた時、楽しかった時は?
3.人に伝えたい、いままで一番苦労したこと、大変だったことは?
4.なぜピューロランドが大変な時にも、辞めないでとどまったのか?
5.この先、ほかの人に「ピューロランドのここを見て!」と言うとしたらどこを伝える?
話すのが苦手な人ももちろんいますが、一対一で話したり、ワークショップなどを行って、周りでほかの人が話しているのを見ると、それに触発されて話していくようになってきます。本当に「人は人によって磨かれる・開かれる」を実感しましたね。
鹿毛:そういう時に斜に構えるような人も出ると思うんですけど、どうやって仲間に入れていくんですか?
小巻:それは「焚火の法則」ですね。燃えやすい人が中心になって「こうしたら会社が変わるかもしれない!」と周囲の空気を変えていくような会話の量を増やしていく。そうすると、斜に構えていること自体がカッコ悪いというか、居心地が悪くなっていくのだと思います。あとは、「言っても無駄」と思われないように、なにかちょっとしたことでも実際に変えることですね。
鹿毛:当然ながら社長とスタッフとでは立場も目線も異なるので、中には「それはちょっと違うな」とか「それはできないな」と感じることもあったと思います。それでもずっと聞き続けていられたのはなぜでしょう。忍耐ですか?
小巻:いえ「好奇心」ですね。その言葉の奥にどんな気持ちが隠されているのだろうか、と考えるんです。例えば「こんなことやっても意味がない」といったネガティブな言葉は、きっと期待の裏返しで出てきているのだろうな、とか。そういうことを考えるのは面白いですよ。
なぜ企業の存在意義を無視した売上至上主義が生じるのか?
鹿毛:企業文化は、歴史が長い企業ほどなかなか変えられないと言われていますよね。サンリオピューロランドが30周年、そしてサンリオは60周年と、とても長い歴史があります。どうやって短期間で企業文化を変えたんですか?
小巻:文化を変えたのではなく、行動を変えたのだと思っています。よく、言葉を変えると行動が変わり、行動が変わると習慣が変わり、習慣が変わると世界観・空気感が変わると言いますよね。まさにこの実践です。否定をしない、やさしく聞く、やさしい言葉を使う。そして何より、スタッフの「なぜこの仕事をしているのか?」がしっかりしていたからこそできたのだと思います。
鹿毛:個人としての「何のために存在するか」「何のために仕事をするか」と、企業の「会社がなぜ存在するのか?」。この二つの重なりがとても重要ですよね。小巻さんはそこをうまく作り出せていると思うのですが、きっかけは?
小巻:ピューロランドに赴任したときから、あらゆる部署の人にマーケティング視点を持ってほしいと思い、マーケティングセミナーの場を設けていました。その中で講師の方が「いま、このピューロランドがなくなったら何人の人が泣いてくれますか?」という質問をしました。それに対して私は「ここにいる社員とその家族の方は泣くだろうな。でも、なくならないで、と署名してくださったり、一緒に泣いてくださるお客様はどのくらいいるだろうか」と考え、うまく答えられませんでした。これはまさに、「サンリオエンターテイメントは何を提供している会社なのか?」という本質に深く刺さる質問でした。これをいまでもずっと考えています。
鹿毛:それを自問し続けるのが、企業トップの役割の一つですよね。
小巻:そう思います。また、半年ほど前に園内でお客様をお迎えする機会があったのですが、その日3組のお客様から「小巻館長ですよね、本当にありがとうございます!」と声をかけられました。中には涙ぐんでいらっしゃる方も、、、そういう姿を拝見すると「私たちは、何に対してありがとうと言ってもらえているのだろう? 私たちは何をお客様に提供しているのだろう?」をより深く考えますよね。
鹿毛:テーマパークなど、リアルにお客様の顔が見える業態に比べて、小売店を通じて商品を販売しているメーカーは、なかなか直接お客様から「ありがとう」といわれることが少ないですよね。私は、ありがとうは売上だと思っています。「ありがとう」と感じるから代金を支払って、商品を買ってくださっている。
一方で、いま多くの若い人たちが「企業のミッション、顧客のありがとうは関係ない。とにかく売上を上げろ」と言われていたりします。役職のつかない一般社員の層ほど、売上と企業の存在意義が乖離してしまっているところも多いです。
小巻:そういうケースはきっと、「売上は何のため」という、その先にあることが腑に落ちていないのだと思います。私たちも、営業の現場には売上や来場者などの目標数字は当然あります。例えばあと100人来場してもらう、となった場合、その先は、100人の方の人生をより豊かなものにすることとつながっています。こうしたことは、何度も、折に触れて伝えるようにしています。
サンリオエンターテイメントのPurposeは「居場所の提供」
鹿毛:ちなみにサンリオエンターテイメントのブランド、その上にあるPurposeは何でしょうか?
小巻:私たちテーマパーク事業のPurposeは、やはり、なつかしさやホッとできるモノ・コトに触れてもらい、心が癒される居場所を提供することだと考えています。キャラクターのグッズ、ピューロランドで展開するコンテンツはあくまでそのための手段です。そして、Purposeは木の根のようにどんどん広がっていくものだと思っていて、私たちのPurposeは最終的に、世界中が多様性を認めて仲良くなることにつながると思っています。
普段の仕事ひとつ一つについて「これは何につながっているのか?」を意識するのは難しいかもしれませんが、「存在意義」が見えていて、自分がやっていることを意味付けできることは、仕事をする上での大きなモチベーションにつながります。特に、今のような状況だからこそ、それは強く感じますね。
鹿毛:働く人たちって、誰しも最初は「何のために働くのか」という自分なりの想いや意義を持っているはずなのに、それがいつしか、大人の事情や何かの都合でフタをされた状態になってしまう。しかし、その上にある「そもそもこの企業・組織は何のために存在しているのか」をちゃんと見つけて、そこと合致すると、閉じていたフタが開いて組織が動き出すということなのだと思います。ちなみに、小巻さんが実際に「動いた」と感じたのは、どのくらい経過してからでしょうか?
小巻:組織として動き始めた、変化し始めたと思ったのは、半年後くらいです。私たちの場合はお客様と直接触れ合う分、目に見える笑顔として帰ってきたりしますから、そこは早かったかもしれません。
鹿毛:私は以前食品メーカーにいたときに経験した不祥事で、お客様にお詫び訪問したことがあります。その時初めてお客様に近づくことができたと感じました。その後のミーティングであるスタッフが「当たり前ですけど、企業ってお客様に喜ばれて初めて存続できるんですね」と言ったのです。これこそが真実だと強く感じまして、それ以降は「ターゲット」という言葉を使わず「喜んでいただくお客様」と置き換えています。そうして考えると、いろいろなアイデアも出てくるようになりました。
小巻:そうですね。確かにどのくらいお客様に喜んでいただけるのかということなくしては、企業は存続できません。さらに重要なこととして、お客様の喜びのもっと手前に「社員・スタッフがどれだけ喜びを感じて働けるか」があると思っています。
前例のない時代には確固たる判断基準が必要
小巻:いまのような状況だからこそ「企業のPurpose(存在意義)」が問われていると思います。こういう不確実で、不安で、すべてが曖昧な中において、多くの人が自分の価値観をどこに置けばいいのか迷っていると思います。難しい判断を下さなければいけない中、その基準になるのが「私たちは何のために存在しているのか」です。それが見えていれば、何をするのか自信をもって判断を下せますし、モチベーション高く行動できます。
鹿毛:いま新型コロナウイルス感染症の影響についての話が出ましたが、この状況は、判断を下す立場にある人の判断基準を丸見えにしていると思っています。サンリオピューロランド休館のお知らせの文章を読みましたが、そこにはお客様のこと、そして従業員・スタッフのことも考えていることが明言されていて、本当に素晴らしいと思いました。
いま、いろいろなことが延期や中止になっていますが、単に他が行っているからという右へ倣えなのか、Purposeに基づく判断基準が示されているのか、この違いはとても大きいと思いますね。
小巻:事情はそれぞれなので他社のことは分かりませんし、私たちも自分たちが行ったことが本当に正しかったどうかは全く分かりません。ただ、私たちの子ども世代は、きっとこうした前例がない中で育っていくのだろうと思っています。例えば、3月2日から休校になりましたが、家庭でどう過ごせばいいのか、参考にすべき前例はありませんし、そこに正解はありません。そうした中で何を根拠に自分は判断するのか、企業のPurposeだけでなく、世の中のお父さんお母さんも試されていると思います。子どもたちは、企業や自分の親がこういう時に何を大切にして行動しているのか、意外と冷静に見ているものです。難しい状況でも判断を下して前例を作っていくのが、私たちのこれからの役割だと思います。
一方で、今回のことをきっかけに、あらゆる分野で間違いなくデジタルイノベーションが進んでいきます。状況としてはまだ厳しいかもしれませんが、まずはできることを、皆さんと力を合わせて実行していきたいです。
鹿毛:こういう時にすぐ動けるのは明確な判断基準を持っていて、いつも考えている人です。だから、存在意義・判断基準が曖昧だったり、不足していると感じた人や企業は、いまからその判断基準をつくればいいのです。幸いなことに、このライブ配信も含め、いろんな人達が業界を超えて声を出しています。とても良い流れだと思うし、みんなもどんどん参加して自分の判断基準を持ちましょう。
自分に置き換えて傾聴する・想像することが成長を促す
小巻:ちょっと順番が前後してしまいますが、行われる予定だったBrand Summit Springの「Supercharge …そのまえに。」でも、このPurposeについてはお話しする予定でした。このカンファレンスは何日にもわたって、いろいろな人の知見を共有する場です。だから、そもそも会社のアセットや自分自身の立ち位置を確認して、今後どうなっていきたいのというのを明確にしておけば、その後に何を加えていけばよいかが見え、より役立つようになる、そんな話をしようと思っていました。
いまや、何かをSuperchargeしようと考えたとき、情報がたくさんありすぎて、おなか一杯な状況にあります。だから、たくさんある中で自分は何を選択すべきなのかが見えにくくなっているのだと思います。
鹿毛:それは、情報がたくさん目の前を流れるのを見ているだけで満足して、「食べたつもり」になっているだけだと思います。見ただけで分かったつもりになっている人は意外と多いです。前例を作らなければいけない時代は、自分の会社だけでなく、ほかの会社とのつながり、同世代だけじゃなくほかの世代とつながりをつくることはとても大切です。このBrand Summitやad:tech tokyoなんかはそのよい機会なのですが、中にはセッションを聞いても「事例がないから具体性に欠ける」「この会社・この人だからできるので参考にならない」と思考停止している人も残念ながら一定数いるんですね。何事も「もし自分だったらどう考えるだろうか?どう行動するだろうか?」を想像する。そういうことができる人は、こうしたカンファレンスで聞いたことをなんでも血肉でき、そのうえで横のつながりをつくれると大きく成長すると思います。
<質疑応答>
―自分の人生のハンドルを自分で握ることができていないとき(他人に自分の人生をコントロールされているとき)は、どうすればいいのでしょうか?
小巻:私自身も、以前は他人が自分の人生のハンドルを握っている状態でした。それを打破するには自分という一台のバスに、どんな自分が乗っているだろうか、と想像することが役立ちます。そこには「こんなことに取り組みたい自分」「これはやりたくない自分」「怠けたい自分」など、いろいろいます。その中で、今はどの自分で行こうかな?と考えた瞬間、もう自分でハンドルを握っているのです。
鹿毛:でも「どの自分で行こうか」と考えても、そのまま「でも私にはできないな」となってしまう人もいると思います。そのような場合はどうすればいいのでしょうか?
小巻:そのときは、「私にはできないな」と思っている自分が、ハンドルを握っているんです。自分を客観視している時点で、もうハンドルを握っています。
―サンリオさんらしさって何でしょうか?そして、今後さらにどうしていきたいのかお聞かせください。
小巻:サンリオエンターテイメントが掲げているのが「世界中がみんななかよく」です。なので、らしさとは「やさしさ」だと思っています。ピューロランドは、かわいいが詰まった場所です。ですから、かわいいができることって何か? かわいいがどんな付加価値を持っているのか、その可能性をもっと突き詰めていきたいです。いまモノからコトと言われていますが、私はその先にあるのは「知財」だと思っています。人の心がつながって積み重なったものが「知財」となって、世の中に生み出されていくのではないでしょうか?
鹿毛:最後に私から。いまや経営者に男性も女性もない世の中ですが、それでも小巻さんのような経営者がいるというのは、女性にとって大きな励みになっていると思います。そうした人たちにメッセージをお願いします。
小巻:「すべては期間限定だから大丈夫」です。女性は、結婚・出産など、キャリアが一定ではないことがどうしても多いです。そのほかにも急な転勤や働く環境がよくないなど、いろいろなことがあるかもしれませんが、それらはすべて期間限定で、必ず終わりが来ます。悪い状況であれば「これは3カ月まで!」と自分でピリオドを打つこともできます。そういうイメージを持っておけば大丈夫です。良いことも悪いことも、必ず終わりがくる。期間限定なのです。
鹿毛:それは男女関係なく当てはまる、素晴らしいメッセージですね。小巻さん、本日は本当にありがとうございました!
*社名・役職は登壇時のものです