2020.04.14 By Comexposium Japan 中澤圭介

あなたの著書を読んできました ~コロナ禍の読書充実記 vol.1

マーケティングの8割は体系化されていない。そこを埋める血の通ったマーケティングがカギ

富永 朋信 Preferred Networks 執行役員CMO[下]/鹿毛 康司 エステー株式会社 執行役 クリエイティブ・ディレクター[右上]/ad:chanパーソナリティ:古市 優子(Comexposium Japan 株式会社 CEO)[左上]

ad:chanの新コーナー、「あなたの著書を読んできました ~コロナ禍の読書充実記」がスタートしました。初回は『「幸せ」をつかむ戦略』が題材です。人の行動の不合理性を理解したうえで、想像力を働かせること、変化への対応に対するスタンス、ソーシャルメディアの温度感の察知とそこでの行動の仕方など、マーケターとして力をつけるために必要なことを学べる対談となりました。こちらの動画のアーカイブ(約40分)もご覧ください。

なぜ星野源×安倍総理の動画は炎上したのか?そこから学べる人間の非合理性

古市:新型コロナの影響をどう見ていますか?

鹿毛:昨日(4月13日)、「空気を変えるぞ」というテレビCMをスタートしました。Twitter上で「見て涙が出ました」と言ってくれて、私自身も涙が出ましたね。

富永:新型コロナの影響に関する話をするにあたり、リモート、オンラインという話題は外せません。今のオンラインはリアルの代替手段なので、どうしてもリアルとの差がストレスになってオンライン疲れも増えてきています。アフターコロナに向けては、代替手段ではない、オンラインの良い面を見ないといけません。オンラインは人と人をつないでいると思われていますが、場所と場所をつないでいると考えると、もっと可能性が見えてきます。そこを我々マーケターは思考しなければいけないと思っています。
もう1点、先日星野源さんと安倍首相の動画が炎上しましたが、ああしたことを世の中からなくすのが、我々がコロナから学べることだと思っています。具体的に言うと、星野源さんが世の中に投げかけたことは、ミュージシャンやクリエーターが連携して、「苦しい中でもみなで頑張ろう、正しいことをつなげていこう」だった。ただ、安部首相の動画は意図せずクリエーターやコンテンツに対するリスペクトが欠けた形で出てしまった。それが炎上の原因ではないかと思っています。

鹿毛:この状況では、本来あれは褒められるべきことで、私は間違えたことはしていないと思っています。ただ、星野源さんが作ったあの枠組みに入り、話題になっているのは芸能人が中心です。なぜあの取り組みが皆に浸透した・支持されたのかというと、一般の人から見てあこがれの芸能人たちが自分の家に入ってきたような感覚があったから。一方、そうではない存在、この場合は安倍首相が入ってくるのは嬉しくない。だから、あたかも「便乗している」ように見えたのだと思います。富永さんの本にある「人間は経済合理性に欠ける」という話とも通じますが、本来「Stay at Home」という重要なメッセージをトップ自らが示すというのは合理的で正しい。でも、人の感情はそうではない。ソーシャルメディアの感覚と現在の新型コロナの状況、そして首相という存在が絡み合って生じた気の毒な炎上だと思います。

富永:フリーライドはいけない、ということですよね。本来、アーティスト同士が、あの曲を並んで演奏したり、問いかけに対してアイデアを重ねて別のものを作り上げるのに、安倍首相の動画はそういう作りになっていなかった。星野さんの動画を単なるBGMのような形で使ってしまい、創意工夫がなかったところにフリーライド感があり、炎上したのだと思います。我々マーケターは、ソーシャルメディアの温度感を間違えると炎上する、という事象として冷静に捉えるべきだと思います。

グッドウィルの有無でメッセージの受け取られ方が変わる

鹿毛:「空気を変えるぞ」のテレビCMは、歌詞も私が書いていますが、放映後に、「いいタイミングで流しましたね」とか「偶然ですね」と言われました。偶然でこのような内容のCMを作れるわけがありませんよね(笑)。でも、放映するのはやはり怖かったです。

富永:怖かったというのは?

鹿毛:見た方に「あざとい」と思われないかという点です。実は今年1月に母が亡くなりまして、その直前にあった“なんとか母を笑わせたい”という思いも交じって2月下旬に企画をスタートし、3月12日に撮影しました。つまり、ここまでの事態になる前に作ったので、そこから1カ月経過し、状況が変わったところでの放映は怖かった。「軽く思っているんじゃないのか」「いま空気を変えようってどういうこと?」「こんな状況なのに撮影したの?」など、いろいろな声が聞こえてくるだろうと考えました。そうした声を一つひとつ想像し、実施しなかったこともあります。例えばメイキング。撮影時の状況を見ると、マスクはしていながらも、やはり人が密集していたりするわけです。また、このCMに対して自身が思っていることを話しているインタビュー映像もそうです。メイキングとミックスされたとき、なんだか美談を演出しているように見えてしまうと考えてやめました。作った本人がどう思っているかではなく、見ている人にどう受け入れられるのかを考える必要があります。『「幸せ」をつかむ戦略』にあるように、取り組むべきテーマは人を理解すること、人の心なのだと思っています。

富永:鹿毛さんのように経験豊富な方でも怖くなることがある点について考えてみましょう。何かメッセージを発信するとき、グッドウィル、つまり善意で発信するのか、もしくは「あざとい」自分の損得に合わせてのものなのかが最初にあります。さらにその善意は、鹿毛さん個人もしくはエステーという会社のお仕着せの価値観になっていないかという検証も必要です。今回のCMは、それらを考え抜いたうえでの発信だと思います。受け取り方は一様ではないので、いろいろ批判されることもあります。でも、多くの人は正しく理解するはずなので、私はメイキングをコンテンツとして流しても大丈夫ではないかと思います。

人の行動は非合理的、ギャップを埋めるのが行動経済学

富永 朋信 Preferred Networks 執行役員CMO

古市:この本を出すことになったきっかけは?

富永:そもそも行動経済学が好きで、マニアなんです。

鹿毛:確か富永さんは10年くらい前から行動経済学を勉強していると聞いています。いまでこそノーベル経済学賞を受賞するなど注目されていますが、当時はそんなことありませんでした。のめりこむきっかけは?

富永:就職するかしないかくらいの時に、AIDMAのフレームワークに出会いました。それまで、自分がモノを買う時は自由意思で選んで買っていると思っていたのに、実は学者がものものしく書いたモデル通りに買っているのだと知ってショックを受け、自由意思と意図と行動の関係に面白さ感じて、関連書を読みあさるようになりました。その後、10数年前にたまたま行動経済学の本を見つけたんです。そこには、行動経済学でよく知られている1万円の山分けに関する実験のことなどが書いてありました。

鹿毛:その内容は重要なので、ぜひ具体的にお願いします。

富永:たとえばですが、私は鹿毛さんから渡された1万円を、古市さんとどう分けるかの提案をする権利があり、古市さんがその金額に合意すればそれぞれ取り決めた金額をもらえるが、拒否すれば、1万円を鹿毛さんに返さなければいけないというものです。経済学的な正解は、古市さんに1円を渡して、私が残りの9,999円をもらうというもの。なぜなら、古市さんが完全に合理的だったら1円であっても、無いよりはましだから得という判断をするだろうと。ただ、普通1円という提案は断りますよね。では、なぜ断るのでしょうか?という、合理性と判断のギャップに関する実験です。

鹿毛:本来、提案に対してNOと言えば、全くもらえないので、古市さんの立場の人は1円であってもYESと答えるのが合理的なはず。でも人は経済合理性だけでは動いていなくて、「公平でなければいやだ」「なぜあなたの方が、金額が多いのか?」など、経済合理性とは別の、心理的なことが働いて行動してしまうということですよね。

富永:それが行動経済学のコアにあることの一つです。今のことで言えば、人はついほかの人と比べてしまう、ということですね。

鹿毛:しかも、やっかいなことに自身はそれに気づいていない。そうしたことがあるのだから、AIDMAだけで片づけられては困ると。

富永:そうです。人間が合理的であることを前提に組み上げられたモデルの多くは、先ほどのような人間の非合理性を鑑みておらず、うまくいきません。その間を埋めていくのが行動経済学です。

血の通ったマーケティングで顧客に感情移入することが大事

鹿毛:今回インタビューしたダン・アリエリーさんは相当有名ですよね。

富永:行動経済学の世界においては、2人のジャイアントがいます。それが名著『ファスト&スロー』を書いたダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーです。そこに続くのが、リチャード・セイラーとダン・アリエリーなので、この世界のトップ4の一人ですね。

鹿毛:富永さんは大親友なので、この本が出ると知ったとき、合理的には「素晴らしい、よくぞ会ってきてくれた」という気持ちになり、ぜひいろいろ話を聞こうと思いました。一方で、ものすごくジェラシーを感じたんですよね。本をもっと知ってもらう手助けをしたいと思うと同時に、「売れなければいいのに」と思ったりして(笑)。さっきの1万円を分ける話も、こういうことですよね。古市さんは、この本どうでしたか?

古市:最初に読んだのがコロナ前で、その時は難しいという感想でしたが、今回改めて読んでみると、書籍に出てくる夫婦の役割の話や、会社と個人の幸せな関係の話などが、いまの状況と照らしてとてもしっくりくると感じました。

鹿毛:確かに平時の時に読むと難しいと思ってしまう部分はあるかもしれませんね。

富永:平時は、経済活動が世界の主体として回っているので、お金が儲かることや得することが価値観の大きな指標になります。しかし、今のような事態になると、本当に大事な価値観が問われることとなり、それが「幸せ」なのだと思います。幸せであること、幸せになること以上に大事なことはなく、この本には幸せになるためのTips、戦略がたくさん書かれています。

鹿毛:この本はとてもよかったです。私は行動経済学についてそんなに勉強していませんが、マーケティングに必要なのはこの領域なのだと思っています。というのも、マーケティングは、実際はその8割が体系化されていないにも関わらず、多くの人がほとんど体系化されていると思っています。だからフレームワークに当てはめてみてもうまくいかず、実は体系化されていない経済合理性とは別のところで物事が決まっていたりする。そこを明確にしなければいけない、という点がこの本にしっかり書かれていると感じました。

富永:マーケティングは、少しかじるとたくさんのフレームワークや考え方、ツールが出てきます。ただその多くが、成功した企業事例の後講釈をモデル化したにすぎません。モデル通りにしてみてもすべてがうまくいくわけではなく、必ず“外れ値”があります。そこをどう埋めていくのかが、血の通ったマーケターが血の通ったマーケティングをするということです。モデルを理解したうえで一度そこから離れ、しっかりお客さまに感情移入をして、こんな投げかけをしたらどう思うか、どう反応するかを考えなければいけません。

鹿毛:そうした時によく言われるのは、「いまやスマートフォンで位置情報なども取れるし、いろいろなデータをかけ合わせれば分かることも多い。もはやデータがすべてではないですか?」ということですが、それに対しては?

富永:確かにデータは重要です。しかし取得できる・アクセスできるデータには限りがあります。いま分かるのは乱暴に言ってスマホの位置情報を含めたウェブ上での行動に過ぎません。購買を含む人の意思決定はWebの外側でなされることも沢山ある。つまりデータで分からないことは多いのです。

鹿毛:行動は結果であって、行動の下に意図があり、さらにその下に感情がありますよね。感情までは自身で知覚できますが、さらにその下、行動経済学にもある本人も意識していない心の底にあるもの、例えば「なんでこれを買ったんだろう?」とか「なんで好きになってしまったんだろう?」がある。それは、けっこう人間的な黒い部分だったり愛だったりするのではと信じてます。

富永:鹿毛さんが手掛けるのはブランドに対する「好きをつくる」施策が多いですよね。この「好きをつくる」というのは、お客さまがブランドをどう思っているのか、何を言えば反応してくれるのかなど、一つひとつ設計が必要です。普通、マーケティングを考える時は、ベネフィットは何か?ブランドのパーソナリティーは?など、枠組みから出発する技術論になりがちなのですが、鹿毛さんの場合はそうではない。技術論はありつつも、最終的には個と個の変化つくるところにこそ、鹿毛さんの「好きつくる」技術があると思っています。
いまやたくさんのことがデータ化されているので、見ないというのは明らかに損です。ただ、データだけで分かった気になってはいけません。特に人間の感情の動きはまだまだデータ化しにくい部分です。そこは、マーケターが感情移入して補っていくしかないですね。

グッドウィルのメッセージCMで売上は上がるのか?

古市:先ほど鹿毛さんは、「CMがあざといと思われないか怖かった」とおっしゃっていましたが、ソーシャルメディア上を見ても、そんなことを言っている人は誰もいませんでした。理由はどこにあるのでしょうか?

鹿毛:そうならないように動いたところは、もちろんありますけどね。

富永:根本にあるのは、発信しているメッセージがグッドウィル(善い意志)だからですよね。単に注目を集めたいということではなく、鹿毛さんが本当に伝えたいことだった。それが見ている人にも伝わったからだと思います。

古市:いま、こういうメッセージを発信するのは、先ほどのように炎上リスクもあるので、やりたくてもできないという会社・担当者はたくさんいるように思います。

富永:そういう怖さのほかに、「このCMで売上が上がりますか?」と言われる怖さもあると思います。そうしたことも全部抑え込んだうえで、グッドウィルだけ発信するというのは難しい。

鹿毛:2011年の東日本大震災直後というのは、例えるなら車が止まった状態で、それを動かす、スタートさせることが求められました。だから我々もいち早くミゲルや西川さんのCMを制作・放映しました。ところが今回の新型コロナウイルスは、動いている車をだれかが止めるという逆のことをしなければいけない。イベントを止めたり、ビジネスでお金が入らなくなったり、さらに医療にかかわる方々もすごく苦労している。その中で「空気を変えるぞ!」なんて軽々しく言っていいものか、やはり悩みました。そこで、一度企業理念に戻りました。企業理念が「空気を変えよう」なのだから、これでいこうと。企業理念を否定されたら、会社そのものが否定されることですから。

富永:ちなみに、鹿毛さんはあのCMが売上に結び付くと思いますか?

鹿毛:売上は商品の価値だけじゃなく、意味合いなど、全部含めて「これを買おう」になるわけです。放映後、ソーシャルメディア上で多くの人が「ありがとう」「消臭力買わなくちゃ」と書いてくれていました。私はお客さんの「ありがとう」を数値化したものが売上だと考えているので、今回のCMで売上が上がると思っています。

人の本質は変わらない、変わるのはその中でどこにスポットが当たっているか

鹿毛 康司 エステー株式会社 執行役 クリエイティブ・ディレクター

参加者からの質問1:コロナの影響で、購買の現場における消費者の価値観インサイトは変わるでしょうか?変わるとしたら、戦略立案のフレーム自体を変える必要があるでしょうか?

鹿毛:変化でいえば、常に変化していると言えます。ただ平時は変化の幅が小さく、見えにくい。一方でこのような事態だと変化の振れ幅が大きいのです。今回のCMはこの大きな変化に合わせて作ったもの。大小に限らず、変化は常に見ておかなくてはいけません。

富永:私はちょっと考えが違っています。人は例えば時系列に二つの現象を比較すると、その差分に目が行きがちです。でも、本当は同質なこと、変わらないことの方が多いのです。変化ばかりに目を向けて企画・アイデアを立案すると、全体を見失ったものになりがちです。だから、過度に「これから変化にどう対応していこうか?」と心配するよりは、人間の本質はそんなに変わらない、と構えておく。そのうえで、鹿毛さんがおっしゃる変化にも目を向けるのがよいと思います。
私自身はあまり好きではないフレームワークですが、これだけ重用されるのは、広く人には、たくさんの共通点があり、大雑把な議論においては説明力があるからです。

鹿毛:その富永さんの話の部分は、賛同します。実際に世の中の変化があっても変わらないものがある。糸井重里さんもおっしゃっているように、人の本質的な部分はずっと昔から変わらないですよね。今の状況でも、人に会いたい、人に会うことの幸せというのは変わっていません。それが強くなっているという変化があるのです。

富永:人間の本質というのは多面体のようなもので、今は、人に会うことがフィーチャーされているにすぎません。時流に合わせてその中のどこにスポットが当たるかが変わるだけなのです。

鹿毛:さらに言えば、そういう表面上の変化は、調査とインタビューでだいたい把握することができますよね。

参加者からの質問2:表情が見えやすい店頭での行動がしばらくなくなる中、血の通ったマーケティング、お客さまへの感情移入をするには?

富永:想像することに尽きると思います。人がどういう環境に置かれて、どのような行動をするか、どう思うかは、かなりの部分想像できると思っています。性別、世代、貧富などで多少の差はあるかもしれませんが、先ほど話した通り同じ人間なのですから、周辺環境などをしっかり理解しておけば、感情移入することはそんなに難しくないはずです。

鹿毛:富永さんは流通にいらっしゃったので、たくさん店頭・お客さまを見ていると思いますが、お客さまを観察してきて、何か見えましたか?

富永:見えないこともないですが、分かったことの大半は観察からではなく想像からですね。

鹿毛:自分の想像とお客さまの行動観察からハッと気づくことはありますが、観察からだけでは見えないですよね。やはり、「自分はなぜこれを買ったのだろう」など、自分の心と常に対話をすることが大切です。そのうえでお客さまや店頭を観察すると、初めて見えてくるのだと思います。このことは私自身も周囲に言っていますし、尊敬する糸井重里さんもおっしゃっていたので間違いないと思います(笑)。

富永:想像すれば、プロファイルが違う人のこともちゃんとわかりますよね。そのためにはトレーニングというより、気合いと根性でとにかく考え続けることですね。

古市:ありがとうございました。

*ライブ配信で拾えなかった視聴者の質問
この事態の収束後、リアルな販売やイベント(体験)の需要は減ると思いますか?
またその中でリアルなイベントを行う怖さを払拭する方法は?

鹿毛:コロナ後は、人と会うリアルイベントにエネルギーが注がれ、皆そこに行くと思います。オンラインでつながって仕事などを効率よくやって、時間を節約。そうしてためた時間をリアルイベントに注ぎ込むようになるとみています。その上で、いつでも中止、延期する勇気と準備をダブルでしなければいけない、そういう世の中になるのではないかと思っています。

富永 朋信 Preferred Networks 執行役員CMO[下]/鹿毛 康司 エステー株式会社 執行役 クリエイティブ・ディレクター[右上]/ad:chanパーソナリティ:古市 優子(Comexposium Japan 株式会社 CEO)[左上]

*社名・役職は登壇時のものです

TOP

Share
#adtechtokyo

  • Twitterでシェア
  • facebookでシェア
  • LinkedInでシェア